魚の痛みの感覚についての理解

太古から人は魚を釣って食べるという習慣があり、現在でも釣りをしてそのばでさばいて食べるのを趣味にしている人も少なくありません。スポーツとしても認識されるようになったのが釣りであり、ただ釣って放流することを繰り返して楽しんでいる人もいます。このようなスポーツは虐待ではないかという考え方をすることもでき、動物愛護団体などから非難を受ける場合も少なくありません。針を刺して痛みを感じているはずであり、人が娯楽のために痛い思いをさせるのは良くないという考え方はもっともなものでしょう。食べるために釣るのは生きていくために必要だから良いと考えても、趣味で釣りをするのには異議を唱える人もいるのです。

魚は痛みを感じないから大丈夫だという議論が行われていた頃もありました。現在でもその考え方は根強く残っていますが、魚も痛みを感じることが近年の研究により明らかにされています。ニジマスの唇に蜂の毒を針で刺すことにより身悶えを起こすということが観察され、統計的に有意差があることもわかっているのです。また、それによって恐怖を覚えるということも示されています。釣り逃してしまった魚が再びやってきて餌に飛びついてくるということもしばしばあり、それが針が刺さったことを知覚していなくて再び針が刺さることに恐怖を覚えることもないという誤解を生んでしまっているのです。生きていくために食べ物を探さなければならないのは人も魚も同じであり、その本能が恐怖に打ち勝つことによって餌を食べに戻ってくるという行動を引き起こしているのでしょう。

このようなことを知ると魚は痛みを感じないから釣りを楽しんできたという人も申し訳ない気持ちに駆られるかもしれません。新鮮な方が美味しいからといって釣りをして食べてきたという人もやはり買ったもので我慢しようと考えるようになる場合もあるはずです。しかし、美味しい魚を仕入れることはできるので、釣りをやめてしまったからといって美味しい魚を諦めてしまう必要はありません。網などで捕まえられている場合には針による痛みを感じずに入荷されています。これによって傷がついて商品価値が下がるリスクも避けられるので釣りによって漁獲を行っていることは少ないのです。動物愛護の考え方から釣った魚は食べないと決めた人も、流通しているものは問題なく食べられます。

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