イトウ 幻の魚の業務用食材としての可能性

魚へんに鬼と書いてイトウと読みます。非常に獰猛な魚で、かつ大きく育つので一説には「子鹿を飲み込んだ」
という話まで伝わっている位です。サケ、マス科に属し北海道を中心に青森県位までが南限の寒冷地域に生息する魚で最大で2mにまで成長する事も有る大型の淡水魚で非常に美味な魚としても知られています。滅多に見る事が出来ない「幻の魚」ですから、これを仕入れてメニューに加える事が出来れば大変な名物メニューになるでしょう。これを業務用食材として仕入れる事が可能かどうかを検討してみましょう。

まず国産の天然物ですが、これを仕入れる事は絶望的な状況です。絶滅危惧種に指定されており北海道の数少ない生息地でも保護活動が行なわれており釣り上げた場合でもキャッチ&リリースをして戻してやるのが励行されています。
イトウは鮭と違い産卵後も死ぬ事無く成長し続ける長寿魚ですが成熟するまでの時間が他の魚よりも遅く、かつ鮭と同じく一旦、海に出てから川に遡上して産卵するのですが、産卵地が川の最上流であり、そこに到達できる個体が限られているというのも個体数が減少し続けている原因と言われています。人間によるダムや堰の設置、また主な生息地である湿原が農地化されたり乾燥により湿原でなくなってしまった、などの環境変化が原因で個体数は減少し続け、かつては北海道に広く分布していましたが現在では、わずか11水系のみとなっています。尻別川では自然養殖も試みられましたが、うまくいかず絶望的な状況となっています。

では養殖はどうか? 実は青森県の鰺ヶ沢町では白神山地の沢水を利用して養殖が行われており一定の成果を上げています。ここで養殖された物は鰺ヶ沢町と弘前市に出荷しており、この地域では生き造りや寿司、皮の揚げ物等が賞味できます。現在の出荷数は年間で2000匹程度と少なくほとんどは地元で消費されています。
ですが実際に天然物と養殖物を食べた経験のある方に言わせると養殖物は「個性のない」味で特に美味しいと思うほどでは無い、との事です。そうでなくても数が少なく食味も天然ものに劣るのでは単に「珍しい」というだけの事で一時的な集客効果しか無いでしょう。残念ですが国産は天然物も養殖物も業務用食材として活用できる見込みはありません。現実問題として仕入れる事も出来ないと考えた方が良いです。業務用食材の販売サイトである食らぶ市場でも見当たりません。 業務用の魚を仕入れる

では輸入すると考えてみた場合はどうでしょうか? アジアでは日本だけでは無く他にも分布しています。
ロシア沿海州地方・中国東北部・シベリア地方・モンゴルにはアムールイトウがおり中国の揚子江にはチョウコウイトウがいます。またチベット高原を源流とし中国の雲南省を通りミャンマー・ラオス、タイ・カンボジア・ベトナム
をおよそ4200キロにわたって流れ、南シナ海に抜ける有名なメコン川にはメコンイトウがいます。ただ最上流の寒冷地にしかいないのでメコン川で生息しているのは最上流のチベット高原と中国青海省近辺だけとの事です。これらを輸入する事は出来ないでしょうか?

まずアムールイトウですが、残念ながら乱獲により個体数が減っており釣りをするにも許可が必要な状況です。釣った時には必ずキャッチ&リリースする事と決められており、とても食材として輸出できる状況ではありません。
では中国のチョウコウイトウはどうでしょうか? こちらも環境の悪化と密猟の横行で個体数は激減しており現在では2000匹から2500匹程度と見られ法的保護下に置かれています。こちらもとても入手の見込みはありません。
ではメコンイトウはどうでしょうか? 実はこれが最も入手難易度が高いのです。何しろ現地の研究機関に問い合わせても「車も入れない奥地なので標本すら無い」というのです。青藏高原生物標本館という所に実物の標本があるので存在している事は確かですがまだ学名すら付いていない状況なのです。以上のような状況でアジア圏の国から輸入するのも絶望的な状況です。なお北朝鮮には高麗イトウというのが生息している事が確認されています。詳細な状況は不明ですがIUCN(国際自然保護連合)の調査では絶滅危惧種に指定されており入手はほぼ不可能と思われます。また、ご存じのように現在は北朝鮮と交易を交わすのはほとんど不可能な状況です。

なおアジア圏ではありませんがヨーロッパには有名なドナウ川にドナウイトウが生息しています。ですがこちらも乱獲と環境破壊が原因で個体数は減少しているとの事で入手はほぼ絶望的な状況です。あるレポートによるとドナウ、高麗、長江の3種の捕獲記録は1980年代が最後でその後の記録は見られないとの事です。以上の状況をまとめますと入手可能性が一番高いのは実は日本という事になります。その日本ですら冒頭で述べたような状況なのです。大変に残念ですが業務用食材として活用する事は諦めた方が賢明です。